マーケット・リサーチの必要性と内容

 
 
 

1. 日本企業の失敗


 日本企業がアメリカ市場を目指す時、「徹底したマーケット・リサーチ」からスタートすべきである。この作業が、その後の流れのすべてを決定づけると言っていい。かつて、このアメリカマーケット・リサーチを軽視する日本企業は少なくなく、多くは後で痛い代償を払うことになった。典型的なのは、「まずは、展示会に出展して、アメリカ市場の様子を見よう」「まず営業してみよう」という姿勢で展示会の出展や営業スタートする。結果は、デザイン、色、パッケージ、価格がアメリカの需要に合わずに、注文は一部の「日本ファン」からの注文で終わってしまう。これでは、いくら「マーケティングのための出展や営業」という位置づけであったとしても、市場の反応があまりにも小さいと、ブランドイメージを落とすだけでなく、次に改良を加えて再挑戦という情熱が沸き起こらないでしりつぼみ的に終わってしまうのである。

 逆に、リサーチをしっかり行ない、マーケットをしっかり理解すること、競合相手、商品を徹底研究すること、そして展示会に向けた「商品の準備」「販売体制の準備」を整えてスタートした会社は、完璧ではなくとも確実な結果を出している。これが当社の18年間で得た結論である。アメリカ市場開拓のはじめの一歩は、「徹底したマーケティングリサーチ」である。この段階に、ある程度の費用と時間をかけることが、後々の「遠回り」「無駄な出費」を防ぎ、着実な市場開拓を実現する。

 
(1) アメリカ人バイヤーの目

 日本企業の失敗の原因のひとつに、日本企業が「誤った認識」をしていることもある。それは、Made In Japanは世界最高レベルという観点から「うちの商品はアメリカで流通している商品よりも絶対に良い」という過信からくるのである。それが正しいとしても、それは日本のメーカーから見た観点であり、アメリカのバイヤー、消費者は品質だけで製品を判断するわけではない。商品とは、品質や機能だけで成り立っているわけではなく、デザイン、サイズ、色、素材、価格そして何よりもブランドというイメージの中で、「ライフスタイルに役に立つ商品」として評価されるのだ。

 その一つ一つの「ものさし」が、日本人の目とアメリカ人の目は違う。歴史や文化、習慣、住まい、環境がまったく違うからである。アメリカの「ものさし」に合ったデザイン、色、パッケージ、品質、価格を持った商品は売れる。それが、アメリカには無い高い品質、高い安全性の商品でかつ市場性があれば、大きく売れるのである。その差をしっかり見極めなくてはならない。この日本とアメリカの「感覚の違い」を前提にした企画でなければライフスタイルに合った製品にならないのである。マーケット・リサーチによって、どの商品をアメリカに持っていけばいいのか、製品をどのように改良すればいいのかが見えてくる。

 
(2) アメリカに向けた商品の改良、開発

 アメリカで販売を開始してからも、アメリカに向けた商品の改良、開発は常に必要である。そうして、市場を広げていく。日本で販売している製品がそのままアメリカのライフスタイルに入っていく製品もあるだろう。しかし、それでも販売方法、パッケージなど工夫すべき点は大きい。アメリカの店に並んだだけではだめなのである。アメリカ企業の製品と競争しなければならず、「消費者の手」が少しでも早く、多く、自社製品に伸びてこなければならない。つまり、今までの競争相手は、日本の同業者であったが、これからはアメリカの同業者ということになる。マーケット・リサーチをベースとした「アメリカの製品の研究」そして「アメリカ向けの製品開発」が必要である。それを「ブランド」としてきれいにまとめ上げ発信するのである。

2. マーケット・リサーチの方法

 
(1) 担当者のアメリカ派遣

 それでは、どのように「自社商品にあったマーケット・リサーチ」をすればよいだろうか。ひとつは、アメリカに担当者を送り、足で調査する方法である。関連した商品を店頭で見て回り、デザイン、売り場展開、価格などあらゆる要素を調査する。これは、自社商品を良くわかっている社員が行くのであるから一見合理的であるが、しかし、1-2週間程度の調査では、見るのにも限界があり情報が限られてしまう。リサーチの幅も深さも十分にはできないだろう。


(2)アメリカ・マーケティング企業への委託

 もうひとつの方法は、マーケット・リサーチをアメリカ企業に委託する方法である。本来はこの方が時間をかけて、客観的な目で調査できるので有益な方法である。できれば、純粋なアメリカ企業ではなく、日系の会社のほうが「日本製品を理解している」という観点や、コミュニケーションがしやすいという意味でやりやすい。また、アメリカのリサーチ会社は、「日本企業が知っていることや知らないこと」を理解していないという欠点がある。


(3)マーケット・リサーチの内容

 マーケティングは商品に関してだけではなく、ビジネスを取り巻く全てを調査しなくてはならない。主要には、次の5つのリサーチとなる。

  • アメリカのビジネスシステム全体(販売、流通、回収)に関する調査

  • 消費者・ライフスタイル・トレンドに関する調査

  • 業界・同業者に関する調査

  • 販売先(店舗)に関する調査

  • アメリカの商品に関する調査

  • アメリカのプレゼンテーションに関する調査

3.マーケット・リサーチの概要


(1)アメリカのビジネスシステム全体(販売、流通、回収)に関する調査

 アメリカ市場には、商品の販売の形態、流通システム、回収のシステムがある。それらは、いずれも日本とは違い、かつビジネスを行ううえで重要な要素である。商品の注文をとる前に正確に把握しておき、すべての体制を準備しなければならない。


(2)消費者・ライフスタイル・トレンドに関する調査

  市場全体の傾向、消費者のライフスタイルの方向性を理解するための調査である。社会全体の情勢を把握しておくこと、ライフスタイルの把握、消費者の動向、トレンドの動きは商品戦略を組み立てる上で重要な情報である。自社の商品がアメリカの消費者のライフスタイルに当てはまらなければ、その商品は売れない。アメリカの消費者はどのようなものを求めているのだろうかという消費者の観点から自社の商品を見てみる。消費者による自社製品の評価(Focus Group Interview)も重要な調査である。


(3)業界・同業者に関する調査

 自社商品の業界・同業者に関しての情報が必要である。日本でも、業界全体の動向、他社の動向は販売戦略を決めるときには必要不可欠な情報であろう。アメリカでも同じことである。市場に合った商品、販売方法を的確な方針を出すために競争相手になりそうな会社について充分な研究が必要である。自社に近い同業者を数社選択し、どのような商品をどの程度の価格で販売し、どういう営業戦略を行っているかという情報を得ておきたい。アメリカ市場に売るということは、アメリカの競合企業に打ち勝つということである。


(4)販売先(店舗)に関する調査

 販売する対象(販売先)の調査を行うのも重要なマーケット・リサーチの要素である。つまり、アメリカ市場に販売するといっても、いろいろな切り口がある。「店舗に販売する」だけでも、デパート、量販店、専門店チェーン店、専門店、カタログ会社、オンライン・ショップなどに分かれる。また、店舗に直接販売するのではなく、インポーター、卸販売会社、ディストリビューターなど、中間の会社に販売する方法もある。これらの販売先を調査して、販売先をある程度絞っていくことも販売戦略上重要である。「買ってくれるところであればどこでもいい」的な販売戦略では、市場へのアプローチが中途半端になり、販売方針が右往左往して、いたずらに時間がかかっていく。対象となる店舗がどのような商品構成をしていて、どの様なものを必要としているかを知ることによって、適正な商品提案を行うことができる。また、アメリカの「見込み顧客リスト」(Potential Customer List)を調査しまとめることも行わなくてはならない。つまり、販売する対象を明確にして、そこに発信する、プレゼンするという具体的な商品、販売体制、情報発信を形成するのである。

  • 専門店、オンラインストア

 新しい市場に入る時、まず顧客となるのは専門店である。できるだけ多くの専門店、オンラインストアを研究することは、マーケティングにも営業活動としても有益である。小さいビジネスを積み立てていく中で、アメリカ、グローバル市場になれていき、ビジネスの土台を作っていく。

  •  チェーン店・デパート

 自社商品に関わりのあるチェーン店、デパートは徹底して把握すべきである。アメリカ市場で大きな売上げを作るにはこれらの取引先を開拓しなくてはならない。大手小売り企業こそが日本企業の最終目標になる。

  •  ディトリビューター等の中間企業

 商品によっては、日本の会社から直接店舗に販売せずに、ディストリビューターまたはメーカーに販売することもありうる。製品によっては、その調査も行っておくと良い。

 
(5)アメリカの商品に関する調査

 アメリカの全体の商品傾向を調査した上で、それをベースとして、次に自社商品の「カテゴリー」に絞り込んでアメリカ製品(アメリカ有力企業)を調査する。デザイン、色、サイズ、仕様、価格、類似商品調査というベーシックな調査に加え、現地調査では、売り場の構成、ディスプレイ方法、パッケージに書かれている情報、競合会社の調査、競合商品の調査も行う。関連した情報はできるだけたくさん集める。調査して得た資料を集約していけば、「これをどう活用するか」という答えは自然に見えてくる。

 ・ 商品調査

 自社と同じカテゴリーの「アメリカ製品」を購入して徹底調査する。おなじ製品のみでなく関連商品をすべて調査する。売り場では、色やデザインが「コーディネイトしやすいもの」が売れやすいからである。一見、関係なさそうであっても、アメリカ人は全体のコーディネイトの際、統一感を持たせたい人が多い。たとえば刃物を作る会社は、家庭のキッチン全体を知るべきだし、専門職用の包丁であれば、レストラン・キッチン全体の備品を研究すると良い。

・ デザイン調査

 あらゆるアイテムに共通することだが、「デザインの調査」である。デザインの中には「色」も含まれる。アメリカは、「色のマーケット」と言われる。消費者は、一般的に「同系色でコーディネイトする」傾向が大変強い。その色目も、日本の一般的な色目とは微妙に違う。また、「これが良いデザイン」という「定義」が難しいので断定しにくいが、一般論として、アメリカ消費者はシンプルな形で、「楽しい」「面白い」「エキサイティング」「可愛い」ものが好きである。そのようなデザインが人気があるのは、NYギフト展(NYNOW)の調査でも明らかである。デザインは、「商品の顔」であるので、アメリカ人バイヤーの目をひきつけるもの、かつシンプルで使いやすいものが好まれる。アメリカ市場のデザイン傾向とその時期のトレンドの流れをきっちり調査する。

 ・ 価格調査

 商品調査の核心のひとつに価格調査がある。アメリカのバイヤーは、価格に非常にシビアである。これは、ただ安ければよいというネガティブな意味ではない。成功しているアメリカ企業は消費者にいかに「手頃な価格」で大量に販売するかという発想をする。むしろ、この点は日本企業も真摯に捉え返す必要がある。アメリカのビジネスは、基本的に「いかに大量販売するか」という考え方を持っている。少しでもコストを抑えるために、製品の一部、パッケージを中国で作り、市場に出す価格を抑える工夫をしている。その結果、価格を算出する場合には「大量販売」(コンテナ輸送)を前提にして行っている。一般消費者は、商品に対して「価格感覚」を持っている。その商品の背景がどうであれ、その価格感覚をはるかに超えているものには手を出さないので、「適正な価格」を見出さねばならない。

 はじめてアメリカの展示会に出展する日本企業は、次のように考えて価格計算をしてくる。「はじめは大量には売れないので、少量の注文をベースにコスト計算をしよう」「商品がよければ、うちの価格を理解してくれる人はいるだろう」「送料は量によって違うので、少量発送をベースの計算しよう」またさらに、「予想できない経費がかかるかもしれないので、5%上乗せておこう」と。しかし、その結果、コストはドンドン上がりアメリカ製品よりもかなり高めの卸価格になってしまう。これでは大量販売は難しい。バイヤーには、明らかに「高すぎて買えない」ということになる。この誤りはマーケット・リサーチ不足からくるのである。市場には、「適正な価格」というものがあるのは誰でも知っている。しかし、それが「ドル建て」という身近でない通貨になると、「大雑把な」コスト計算に陥る傾向がある。アメリカ市場の適正価格を調査して、それに近づける努力と工夫が必要である。一般的に日本のコストは、アメリカより高く、送料、関税もプラスされるので、より緻密な価格戦略が必要である。

・ Webサイト、SNS調査

 現代のビジネスは、ソーシャルネットワーク無しには考えられない。むしろ、販売促進の中心になっている。TVコマーシャルを見て商品を選ぶというのはアメリカではマイナーだ。多くの消費者、特にミレニアム世代は、物心ついたときから手にはスマートフォンを持っている。つまり、情報とともに生きてきたのである。Webサイト、SNS(特にInstagram)のアメリカ競合企業、業界内の勝ち組の調査は徹底して行う。

4. マーケット・リサーチからアメリカ戦略構築へ

 緻密なリサーチを行い、アメリカ市場への販売に向けたアメリカ戦略を文章化することは重要である。その内容は、次の骨子となる。


(1)商品戦略

 アメリカ市場に向けた商品構成、絞り込み、商品を改良するポイントはなにか。体系化した商品を「ブランディング」によってひとつの統一した感覚にまとめる。


(2) 組織戦略

 アメリカ市場でどのような組織体制で商品を継続的に販売、流通するのか。拠点にするのは、現地法人設立か、ディストリビューターか、エージェント契約か。


(3)販売戦略

 アメリカ市場でどのように売上げを作っていくか。販売対象の明確化、展示会計画、日常営業体制。

 マーケット・リサーチが「アメリカ市場開拓戦略」を決める。アメリカ戦略の成功失敗の分かれ道である。このマーケティング分析には、最低3ヶ月は必要である。そのくらいかけないと、表面だけのリサーチになってしまい、それではやらないのと同じである。アメリカに商品を一刻も早く紹介したいという気持ちは理解できるが、「充分な情報と準備無し」に「良い結果」はあり得ない。充実したマーケット・リサーチを行えば、アメリカ市場におけるふさわしい戦略が必ず導き出されてくる。